comoco’s blog

ネガティヴな思い出を綴る場。楽しい話は基本的にありません。

中期中絶しました。その5

妊娠12週以降の死児の出産は、法的には死産になるため、死産届を役所に提出し、埋葬が必要になります。
死産届には赤ちゃんの氏名を書く欄はありません。
忘れるわけではありませんが、あまり想いを残して引きずることはしたくなかったので、名前を付けることはしませんでした。
 
いろいろな方がいるようですが、私たちは赤ちゃんを火葬し、葬儀屋さんに紹介していただいたお寺に永代供養することにしました。
 
 
小さな赤ちゃんの火葬は、まだ炉が冷えている朝1番でなくては骨が残らないのだと葬儀屋の担当者が教えてくれました。
火葬場も、ここでなくては難しいだろう。
それでも、骨が残ると約束することはできない、と。
 
 
火葬当日の朝、これを買った時は我が子のために着るなんて想像すらしてなかったなと小さく息を吐いて喪服に袖を通しました。
朝一番の火葬場は人も疎らで、時折スタッフが朝の準備に小走りに駆けている程度で、ひっそりとしていました。
桐製の小さな棺には、お花と折鶴を入れました。
折鶴の一部は看護師さんたちが休憩時間に折ってくれていて、あとは赤ちゃんが病室にいる間に夫婦で折りました。
お花は、この時期に花屋にあるチューリップも1輪収めましたが、赤ちゃんの横に置くと大きすぎるくらいでした。
病室にいる時に入れたお花ではまだ余裕があったので、炉の前で白とピンクのスイートピーの花を追加で入れてお花で埋め尽くしました。
なかなか可愛くできたと思います。
お経もなく、お焼香のみで夫婦2人で静かに見送りました。
もう涙は出ませんでした。
 
お骨上げまでに掛かる時間は30分程。
大人のそれと比べるとあまりにも短い時間です。
係員が持ってきたそのトレイには、僅かではあるけれど骨が残っていました。
魚の小骨ほどの小さい小さい物でしたが、確かに骨とわかる物でした。
通常、お骨上げは2人で1つの骨を摘むものですが、小さすぎてそれは叶いません。
夫と私で1つずつ箱に収めましたが、箸の持ちようを試されてるような気がして、可笑しくなりました。
残った遺骨、遺灰をすべて収めても、ほんのひとつまみ、ふたつまみほどにしかなりませんでした。
 
 
遺骨は葬儀屋さんに託し、俄かに慌しくなってきた火葬場を後にしました。
奇しくもこの日は妊娠5か月の最初の戌の日でした。
 
 
これですべて終わりました。
あとは落ち着いたら、お参りに行こうと思います。
これから身体の回復と共に、徐々に慌しい日常が戻ってくるでしょう。
この辛い非日常の1週間の記憶も、徐々に風化されていくでしょう。
それでいいと思います。
いつまでも引き摺っていられるほど暇ではありません。
それでもたまに思い出して偲びたくて、忘れないうちに記録に残しました。
書くことで気持ちを整理しているということもあります。
そしてどこかの誰かの何かのためになれば尚良いと思います。